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東京高等裁判所 平成7年(ネ)1816号 判決

控訴人

石田壽幸

右訴訟代理人弁護士

菊地一二

被控訴人

石田成實

右訴訟代理人弁護士

小笠原稔

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との裁判を求め、被控訴人は、主文第一項と同旨の裁判を求めた。

第二  当事者双方の主張及び当裁判所の判断

一  当事者双方の主張

当事者双方の主張、争点は、次のとおり付加するほか、原判決第二(本件事案の概要)及び第三(争点)記載のとおりであるから、これを引用する。

1  控訴人の主張

本件贈与は、控訴人において自己の負担で贈与税、不動産取得税を支払い、本件贈与の後の固定資産税を支払ってきたこと、自己が耕作している山葵畑を控訴人名義に移転し、構造改善をした土地を被控訴人の長男定(以下「定」という)名義にすることの合意が成立したこと等からみても、通謀虚偽表示ではない。

2  被控訴人の主張

本件贈与は、被控訴人が徹名義の財産を勝手に処分等することをおそれ、処分等ができないようにするため、徹が当時東京に居住していた万年に登記を移転しようとしたが、本件不動産の殆どが農地であり、万年に移転することができないとしてこれを諦め、控訴人の名義に移転したにすぎないものであり、これらの事情は、控訴人を含め、徹の妻、控訴人、被控訴人等の兄弟姉妹の誰もが知っていることである。控訴人主張の合意については、控訴人が本件不動産の登記を元に戻すと言いながら、これを実行しないため、多くの者が被控訴人の立場で控訴人と交渉したことがあるが、その交渉の中で一つの案として出たことがあるが、そのような合意が成立したことはないし、その合意の成否は本件贈与が通謀虚偽表示であるかどうかの問題とは関連性を欠くものである。

二  証拠関係

証拠関係は、原審記録中の書証目録及び証人等目録並びに当審記録中の証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

三  当裁判所の判断

当裁判所も、本件不動産について本件贈与は、徹所有に係る本件不動産を長男・被控訴人が勝手に処分することを恐れ、これを防ぐために徹と二男・控訴人との間で通謀虚偽表示により、折から被控訴人の妻が耕作していた田畑や原野、宅地等合計二〇筆もの徹所有名義の不動産の多数を、昭和四八年一一月三〇日付けで二男の控訴人に贈与したように装ったものであり、農地については控訴人が耕作するとして両者で虚偽の申請をして農業委員会の許可を受けるなどして本件不動産のすべてにつき本件登記を経由しているが、右登記原因とされた本件贈与は通謀虚偽表示により無効であるから、本件登記もその登記原因を欠くものとして無効なものとして抹消されるべきものと判断する。その理由は、以下に、争点一(本件贈与が通謀虚偽表示かの点)及び争点四(本件登記の全部抹消の可否の点)につき若干、訂正、付加、敷衍するほか、原判決理由説示と同じであるから、これを引用する。

1  争点一(本件贈与が通謀虚偽表示か否か)

(付加、訂正)

(一) 原判決三枚目表三行目の「二一、二四ないし三五」を「三八」と改め、同三行目の「二、」の次に「三、」を加え、同四行目の「一、二」を「一ないし三」と改め、同四行目の「一二」の次に「、一六の一ないし三」を加える。

(二) 原判決三枚目裏五行目の「とした。」の次に「なお、徹の二男である控訴人は、徹所有にかかる山葵畑を徹から借り受けて山葵の栽培により相当の利益を得ていたが、その収益を全部自己のものとし、徹の要請にもかかわらず、その収益の一部を徹に引き渡さなかったため、徹は控訴人にも不信感をもっていた。そのため、徹は、比較的近くに居住していた控訴人ではなく、東京に居住していた万年に相談したものである。」を加える。

(三) 原判決四枚目裏一行目の「事実はない。)。」の次に「控訴人は、本件贈与の際に贈与税六八万三八〇〇円、不動産取得税一万一三四〇円を納付し、その後の固定資産税を納付したが、他方、控訴人は、徹名義の山葵畑を長年の間耕作し、その収益を自己のものとして、徹や、徹の死後は、徹の妻、被控訴人、その兄弟に渡したことはなかった。」を加える。

(四) 原判決四枚目裏三行目の「知った。」の次に「そこで、被控訴人が、徹に本件登記の事情につき説明を求めたため、その後、徹は、本件登記が真実控訴人に贈与したものではないことから、控訴人に対して本件登記を抹消することを再三求めた。」を、同裏八行目の「た。)。」の次に「その後も、徹は、自ら、あるいは控訴人の兄弟らを介して再三にわたり本件登記の抹消を求めた。」を、同裏八行目の「被告は」の次に「、本件登記の抹消については承諾したものの、徹は、」をそれぞれ加える。

原判決五枚目表一行目の「そこで、」から「応じなかった。」までを削る。

(五) 原判決五枚目表六行目の「らに対し、」の次に「控訴人は、本件登記を抹消する旨を言明したものの、その後には発言を翻し、定が成人したら本件登記を抹消する旨を言明したが、定が成人に達すると、今度は、定が結婚したら本件登記を抹消する、定に子供ができたら本件登記を抹消する旨を言明し、さらに、」を、同裏七行目の「名義とされた。」の次に「その際、控訴人名義になっていた宅地の所有名義を定に移転したが、控訴人は、異議なくその登記の移転に応じたし、前記の万年名義の抵当権設定登記は、控訴人が被控訴人らに無断で本件不動産を処分できないように維持されてきたものであるが、定が右宅地に設定されていた抵当権設定登記を抹消した際に、万年の承諾を得て、本件不動産に設定されていた抵当権設定登記も併せて抹消した。なお、徹が所有していた本件不動産の現在の共有者である控訴人、被控訴人らの兄弟姉妹、徹の妻のうち、控訴人以外の者は、控訴人が速やかに本件登記を抹消し、その後に本件不動産につき遺産分割の協議を行うことを希望している。」をそれぞれ加える。

(六) 原判決六枚目表七行目の「それまでの」から「考え、」までを「その後再三再四本件登記の抹消をその兄弟らに言明しながら、特段の理由もなく本件登記を抹消しない理由を新たに付け加えながら言を左右にして、」と改め、同九行目の「被告本人」の前に、「証人二木まさみ、同増沢正次の各証言、」を加える。

原判決六枚目表一〇行目の「採用できない。」の次に改行して、「控訴人は、本件贈与が通謀虚偽表示ではないとして、自己の負担で贈与税、不動産取得税を支払い、本件贈与の後の固定資産税を支払ってきたこと、自己が耕作している山葵畑を控訴人名義に移転し、構造改善をした土地を被控訴人の長男名義にすることの合意が成立したこと等の事情を考慮すべきである旨を主張するが、前記認定、説示の事情の下においては、控訴人が自己の負担で贈与税等の税金を負担したことがあるとしても、本件贈与が通謀虚偽表示に当たり、無効であるという右認定、判断を覆すに足りないものである。また、控訴人主張の合意については、その成立を認めるに足りる証拠もないし、その合意の成否が右認定、判断を左右するものとは到底いえない。他に、右認定、判断を覆すに足りる的確な証拠はない。」を加える。

2  控訴人は、当審においても、本件贈与契約が通謀虚偽表示により無効であるとの被控訴人の主張を否認し、それが真に控訴人に所有権を取得させるためにされたものであると主張し、その証左として、①控訴人は、本件贈与に関し自己の負担で贈与税、不動産取得税、その後の固定資産税をも支払ってきたことを、また、②将来、被控訴人の長男定が成長し石田家を守れるようになったときには、控訴人の意思と判断により、控訴人所有名義の本件不動産を、控訴人が自己資金で購入したのが徹の所有名義となっている控訴人耕作に係る山葵畑の所有名義を控訴人の名義に移転することを条件に、構造改善事業がされた土地(乙第一二号証記載の土地)を被控訴人の長男・定の所有名義にすることで控訴人と被控訴人との間に合意が成立したこと等を挙示する。

なるほど、乙第五号証、乙第八号証の一ないし三によれば、控訴人が本件不動産の贈与税六八万三八〇〇円、不動産取得税一万一三四〇円、固定資産税が控訴人名義で賦課され、かつ、控訴人名義で支払われていることが認められるが、昭和四九年一月一二日付けで本件贈与を原因とする所有権移転登記が控訴人名義とされ、以後、本件不動産の所有名義は控訴人名義となっていたのであるから、右控訴人の挙示する税金が控訴人名義で賦課されるのは当然であろうと察せられるのであり、この税金の支払の事実があるからといってそれだけでは、控訴人に本件不動産が信実徹から控訴人に贈与されたものと断ずることはできない。

3  かえって、前記引用の原判決認定事実および同判決掲記の各証拠並びに弁論の全趣旨に照らせば、次の事実が認められる。

(一) 徹は、その生前、同人を筆頭とする石田家の親子関係のもとでの財産の保全に苦慮しており、長男・被控訴人の借金の状態や過去の金員の費消状態等からして、被控訴人によって徹の財産をなくされるのではないかとの危惧を抱き、その防御策のために苦慮し、虚偽の抵当権設定登記、所有権移転登記を経由しておく方策を考えるに至り、これを実行した。

(二) まず、担保権の設定や所有権移転の意志がないのに、三男・万年と通謀のもとに、徹所有の不動産のうち原野(原判決別紙物件目録一八記載の原野を除く)については万年に所有権移転登記を、また、農地については万年を抵当権者とする抵当権設定登記を経由したうえ、さらに右抵当権の付けられた農地一九筆をその他宅地(一筆)、雑種地(一筆)、原野(一筆)とともに合計二二筆もの本件不動産の所有名義を二男・控訴人の所有名義に所有権移転登記を経由した。

(三) このようにして本件不動産の所有名義が変わってからも、被控訴人の妻が右農地の耕作を続けていた。ところが徹は、昭和五一年病気で入院したが、そのころから翌五二年の死亡までの時期には、かねて控訴人の所有名義にしていた本件不動産の所有名義を元に戻すように再三要請し、控訴人もこれに応じる趣旨の返答、態度を取りながらも、結局、徹が死亡するまで実行せずに時が経過した。なお、前記万年の抵当権設定登記は、実際に万年が徹に金員を貸し付けてはいないのに経由されたものであったから、当然、徹死亡後に抹消されたが、この万年名義の抵当権の設定、抹消の各登記につき石田家の他の者から苦情が出たことはなかった。本件不動産をめぐる前記各登記がされた経緯、その原因、理由については、石田家の中で周知されており、徹の死亡後は、控訴人以外の徹の相続人らがこぞって本件不動産の登記名義を元に戻すべきものと考え、被控訴人と歩調を合わせて、控訴人に対して本件登記の抹消を求めている。

右にみた事実に前示の事実を併せみるかぎり、前記控訴人による税金負担が事実としても、本件贈与が通謀虚偽表示にあたり無効であるとの前記認定、判断を覆すに足りないといわざるを得ないのである。

4  なお、前記控訴人主張の合意の成否については、本件全証拠によっても、かかる不確実な控訴人の意思、判決次第で決めうるような合意が成立したものと認めることは到底できないのであって、これを否定的にみざるを得ないのである。なおいえば、そのような合意の成否が前示の本件贈与の効力や、被控訴人の本件登記抹消請求を理由なしとする事由となり得るか極めて疑問であって、これにより前記認定・判断を左右することになるとは考え難い。

その他、以上の認定、判断を覆すに足りる的確な証拠はない。

5  争点四(本件登記の全部抹消について)

控訴人は、被控訴人が本件不動産の持分を有しているにすぎないから、保存行為として、共有者の一人である控訴人の利益に反する本件登記の全部抹消を求めることはできない旨を主張する。

前記認定によれば、本件不動産は、徹の所有するものであったが、その後、徹が死亡したため、その妻、控訴人、被控訴人らの兄弟姉妹が相続し、控訴人も被控訴人も徹の相続財産につき各一二分の一の法定相続分を有するものであり、控訴人も被控訴人も右相続により本件不動産につき各一二分の一の共有持分を有するところである。そうすると、本件においては、被控訴人は、本件不動産につき右の範囲で共有持分権を有するものであり、被控訴人が本件不動産の共有持分権に基づき、本件不動産の妨害排除として請求することができるのは、本件登記の全部の抹消登記手続ではなく、被控訴人の持分についてのみの一部抹消(更正)登記手続であると解する余地がないではない。

しかしながら、不動産登記制度は、本来、その実体的権利関係を公示し、不動産取引の安全を図ることのみならず、その実体的権利関係につきその変動の過程を公示することによって不動産取引の安全を図ることも、その制度の趣旨としているものである。本件においては、被控訴人は、本件不動産につき一二分の一の共有持分権を有するにすぎないものであるが、前記認定のように、本件登記の登記原因は法律上無効な通謀虚偽表示であり、それ自体本件登記の実体的権利関係につき真実の変動の過程を反映していない不実の登記である上、本件登記の登記名義を有する控訴人は、右相続により共有持分権(一二分の一)を取得しているものであって、本件登記の全部の抹消によって特段の不利益を被るものではなく、本件不動産につき徹の相続人以外の利害関係を有する第三者が存在しないし、本件不動産の共有者のうち控訴人を除く全員が現在本件登記の全部の抹消を希望し、控訴人もかっては再三本件登記を抹消する意向を言明していたものであるから、このような事情の本件の下においては、被控訴人が、その共有持分権に基づき、保存行為として、法律上無効な登記原因であり、真実の実体的権利関係の変動の過程を反映していない不実の本件登記について、その全部の抹消を請求することができると解するのが相当である。したがって、この点に関する控訴人の主張は、採用することができない。

第三  結論

よって、被控訴人の本件請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は、理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宍戸達德 裁判官伊藤瑩子 裁判官升田純)

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